人をケアするということ1


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私事になりますが…。3月半ばに父が亡くなりました。
4月
には49日の法要を終え、家族もようやく落ち着きを取り戻しつつあります。

父は、パーキンソンと肺気腫を患っていました。
4年前に自宅から1時間ほど離れた小さな小さな施設に入所していました。11床ほどの、民家を改造したような、本当に小さな有料老人ホームです。父はそこで、施設長さんやスタッフのみなさん、往診の先生や訪問看護の人たち…本当にたくさんの人たちに温かく接していただき、穏やかに4年間を過ごすことができました。

父は、とても穏やかで、怒鳴り声ひとつあげたことなどない人でした。でも、病気からくる幻覚や息苦しさに苛まれて、入所前は母や私たちによく声を荒げていました。施設の人たちに攻撃的になることも多々あったようです。それでも、いつもうまく対応していただき、大きなトラブルもなく、最期まで穏やかに過ごすことができました。

入居前は、「海の見えない場所で暮らすなんて考えられない!」と、かなり抵抗していました。入所して1年経ったある日、自宅近くにオープンした特別養護老人ホームへ移ることができるかもしれないと連絡が入りました。

そのとき、父は抗いました。「ここに居たい。他のところに行きたくない」と。

この話を、父が亡くなる前の夜、施設長さんが私に話してくれました。
「ここに居たいと言ってくれたことが、本当にうれしかった」と、目に涙を浮かべて、仰いました。

父が入所したのは、地域包括ケア構想が始まったころでした。施設ケアから在宅療養、在宅介護にシフトしようと、厚生労働省が躍起になっている、そんな時期でした。
医療・福祉に携わる・・・どころか、むしろどっぷり漬かるような仕事をしていながら、父を施設にお願いすることに抵抗がなかったわけではありません。

たくさんの葛藤がありました。

けれども、入居してすぐに「あぁやっぱりお願いして良かった」と、心から思いました。

1つは施設のケアが充実していたこと。そしてもう1つは家族のケアにつながったことです。

2016-05-08 | Posted in 組織と個人とキャリアComments Closed 

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